*瓢箪池*

HYOTAN IKE

公園といっても六区の見世物小屋の方ではなく、池から南の林になった、共同ベンチのたくさん並んでいる方ですよ。あの風雨にさらされて、ペンキがはげ、白っぽくなったベンチに、又は捨て石や木の株等に、ちょうどそれらにふさわしく、浮世の雨風に責めさいなまれて、気の抜けたような連中が、すき間もなく、こう、思案に暮れたという恰好で腰をかけていますね。(中略) すると、やっと男が口を切るのですね、「どっかでお目にかかりましたね」って、おどおどした小さい声です。多少予期していたので、私は別に驚きはしませんでしたが、不思議と思い出せないのですよ。そんな男、まるで知らないのです。

「モノグラム」 大正15年7月「新小説」第31巻第7号


乱歩にとっての浅草公園は不思議のワンダーランド、様々な出会いが生まれる魔術的な場所でした。
この池というのは、当時の浅草公園の名所、瓢箪池のことでしょう。
瓢箪池のすぐ近くには、これも乱歩作品ではおなじみの凌雲閣(浅草12階)がありました。
その凌雲閣は大正12年の関東大震災で焼失し、瓢箪池も戦後埋立られてしまいました。
戦前、瓢箪池は、地元の子供達がおたまじゃくしをとって遊んでいた長閑かな場所だったようですが、戦後は、闇市が立ってぶっそうになってしまったそうです。
今では、瓢箪池の跡地に場外馬券場が、そして凌雲閣のあたりには焼肉屋(幸楽という店がそうだと聞きました)が建っていて、いずれにも当時を偲ぶ碑とてありません。


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