*吾妻橋*

AZUMABASHI

三月二十日の朝八時ごろ、浅草仲店の商家のおかみさんが、千住へ用達しに行くために、吾妻橋の汽船発着所へきて、船を待ち合わせるあいだに、その便所にはいった。
そして、はいったかと思うと、いきなりキャッと悲鳴を上げて飛び出してきた。(中略)
とにかく便所にはいって調べてみると、やっぱり穴の下一尺ばかり間ぢかに、ポッカリと人の顔が浮いていて、水の動揺につれて、顔が半分隠れるかと思うと、またヌッと現われる。
まるでゼンマイ仕掛けの玩具のようで、凄いったらなかったと、あとになって爺さんが話した。
 それが人の死骸だとわかると、爺さんは俄かに慌て出して、大声で発着所にいた若い者を呼んだ。

「陰獣」 昭和3年8月増刊〜10月「新青年」(第9巻第10〜12号)


小山田静子の夫六郎の死体は、ここ、吾妻橋のたもとにある水上バス発着所のトイレで発見されます。現在では写真のような下町離れしたモダンなスポットで、休日は乗船客で賑やかな浅草の名所です。橋の真下の水面をジッと見つめてでもいないと、おどろおどろしい犯罪の臭いは感じられません。 ところで、ここから水上バスに乗るのは混雑するので、隅田川ツアーを楽しみたいのなら浜離宮から乗船して川から浅草に上陸するコースがお薦めです。料金はたしか520円、所要時間はだいたい35分位だったと思います。




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