*五重塔*

GOJU NO TOU

しばらく沈黙が続いた。雨雲が低くたれて、死んだように風がなかった。
薄気味のわるい静けさだった。
やがて、かすかに、物のきしる音が聞こえはじめた。
それがほとんど十分間も絶えては続き、絶えては続きしていたが、五重の塔の大きな扉がそろそろとひらいて、そのまっ黒な口の中から、二人の青年が忍びだした。
二人とも荒いかすりの着物を着て、学生帽をかぶっていた。
「誰だい。ああ、お前たちか、またうめえ仕事をやったな」
菰が動いて、さっきの声がささやいた。

「一寸法師」 大正15年12月8日〜昭和2年2月20日「東京朝日新聞」


舞台は仁王門を入って右手の五重の塔や弁天山にかけてのひときわ淋しいと形容されていた一画。ここは一寸法師をはじめ悪い奴等や浮浪者が闇に隠れて跳梁する暗黒の世界。「一寸法師」のこのシーンは、五重の塔から貴金属を剥がし取って稼ぐ若い浮浪者に、一寸法師が声をかける不気味な場面で、このあと一寸法師は自分が命じた放火の火の手を見て踊り狂います。五重の塔は昭和48年に仁王門(宝蔵門)を入って左側に移動し、この一画はさらにガラーンとした空き地になっています。




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